このブログは千葉ロッテマリーンズ鈴木大地選手を応援していたブログ。以前の名は西岡主義


by isunnyopu
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

西岡剛・僕のリトル時代

小5で打った初ホームランに父が興奮
小2の途中、軟式からリトルに移りました。初めはボールが硬くて、怖かったですね。特にショートの守備練習、ゴロをさばくときの恐怖心といったら!

 それでも3年生になって、一番上のAチームに入れてもらえたんです。当時奈良リーグは弱かったし、ほかに守る人もいなかったんでしょう。僕自身、それほど体も大きくなかったですしね。

 初めてホームランを打ったのは小5の、確か春の大会でした。4年生ぐらいから「ホームランを打ちたい」と思って、マシンでも狙って打っていたんですけど、いつもフェンス直撃とか、ギリギリばかり。今もこのシーンはビデオに残っていますよ。僕がフツウにしている映像に、父の興奮した声がハデに入っているんです(笑)。

 でも、ここまで来ることができたのは、父のお陰でもあると感謝しています。リトルの練習は、土曜午後と日曜のみ。平日、よく父が車で奈良リーグの三和球場まで連れて行って、練習の相手をしてくれました。父は剣道の経験しかなく、どうやらリトルのグラウンドで監督やコーチの指導法を見て、それを僕にまた教えていたみたいですが。

 初めは父が強制的にしていた練習でしたが、中学に入り、PL学園進学を具体的な目標に決めたあたりからは、自分から父を練習に誘うようになりました。PLではなく、大阪桐蔭に決まってからも、ずっと三和球場で打ち込んでいました。僕は、このグラウンドで育ったようなものですね。

 小さいころから硬球を握ってやってきて、今は本当によかったと思っています。軟式のままだったら、同じ小学校の仲問だけで、もっと友達感覚で遊びのような野球になっていたでしょう。

 リトルももちろん、楽しんでやる野球ではありますが、違う小学校の仲問も集まって、緊張感のある中で小さいころからできたことは、その後の僕に大きな影響を与えたと思います。チームは強くなくても、試合になるとみんなで「絶対に勝とう」と言っていた。そういう中から、野球への強い意識も生まれました。

 もしみなさんがプロ野球選手になる夢を持っていたら―その気持ちを絶対に忘れず、一日一日努力していってほしいと思います。ボールを握ったとき、グラブやバットを手にしたとき、その一瞬一瞬を大切に、目標を持ってコツコツやっていけば、きっと夢は叶うはずですよ。


偶然見つけました。ツヨさんの少年時代。
ツヨパパが野球では怖いというのは知ってました。

ツヨさん自身、入りたい高校に入れなかったり、言ってしまえば12球団1入りたくなかった球団だったわけで。
その西岡剛が今や日本のリードオフマンになっているし、ロッテのために足を引きづりながら戦っているわけで・・・。



<ベニー選手との来季契約について>
ベニー選手と来季契約が合意に達しましたのでお知らせします。
ベニー選手コメント
「08年はクライマックスシリーズに進出できなかったということで自分にとっても、ファンの皆様にとっても残念な一年となってしまった。来年は絶対にリーグ優勝、そしてクライマックスシリーズを制し、日本一になりたいと思う。とにかく、来年もこの千葉ロッテマリーンズのユニフォームを着てプレーが出来ることをうれしく思う。来年のキャンプが始まるのが待ち遠しくてたまらない。ファンの皆様と再会出来る日を楽しみにしています。」

ペンジャミン残留!!!

[PR]
by isunnyopu | 2008-11-30 22:51 | 西岡剛